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東京に付加価値なんてない。徳島・神山町から見る、「働く場所」のこれから

(photo:植田彰弘/text:澤木香織/edit:梁原立寛)

東京一極集中が問題視されている昨今。いまや日本国内における賃貸オフィスの約60%が東京に集中しているというデータも出ています。

満員電車に揺られ、人混みをかき分けながら会社に通う毎日。果たして、辛い思いをしてまで大都会で働く意味はどれほどあるのでしょうか。

そんな中、近年IT企業を中心に注目されているのが、徳島県・神山町です。NPO法人「グリーンバレー」によるサテライトオフィス誘致が積極的に行われており、都心部にある企業が地方拠点を開設したり、本社を構えるケースも増えています。

東京から遠くはなれたこの地に、なぜ企業が集まるのか。そして、実際移住している人はどのように働いているのだろうか。その秘密と実態に迫るべく、2013年に神山町サテライトオフィス「えんがわ」を開設した、株式会社プラットイーズ取締役会長の隅田さんにお話を伺いました。(公開日:2017/10/03)

まるで都会のような多様性。神山町が持つ独特な雰囲気に惹かれて。

えんがわ_01

── まず、「えんがわオフィス」を開設されるに至った経緯を教えてください。

2000年代初めから企業の間でBCP(Business Continuity Planning)の話が頻繁にされるようになり、災害や事故に遭遇した時でも事業を継続できるよう、拠点を分散する必要がでてきました。その流れの中で、弊社も東京本社以外のオフィスを探すことになったんです。

私たちは映像・コンテンツ制作のベンチャー企業なので、ただ単にオフィスを1つ増やすだけじゃあつまらない。どうせやるなら面白くなきゃ、という意識があって。東京のような都心とは全然違う場所に出そう、ということになりました。

── なぜ神山町という場所を選ばれたのでしょうか?

実を言うと、最初は「神山町」という名前すら知らなかったんですよ。

サテライトオフィスを探し始めた2009年当時、北海道から九州まで20箇所ぐらいピックアップして、実際に足を運んで見て回っていました。条件は、光ファイバーが通っていること、そしてベンチャー誘致をしている自治体であること。で、その中の一候補だった高知県のとある町に視察に行って、その帰りに知人の紹介で偶然神山町に立ち寄ったのがはじまりでした。

そこでグリーンバレーの第一人者である大南さんと知り合い、彼の人柄や活動、そして神山町の独特な雰囲気に惹かれましてね。神山町はその当時ベンチャー誘致をしていない自治体だったので、当初の候補には入っていなかったんです。

えんがわ_02_オフィス周辺田園風景

オフィスの周辺にはのどかな田園風景が広がる

Post from RICOH THETA. – Spherical Image – RICOH THETA

徳島県・神山町の360度パノラマ画像

── 神山町の独特な雰囲気とは、どんなものでしょうか?

他に訪問した地方の小さな町は、特定の地場産業や公的サービスに比重が偏りすぎているように見えました。役場ではベンチャー誘致をしていても、市民の率直な反応には「どうせお金儲けのためなんでしょ?」というニュアンスがあり、新たな民間投資が行われにくいと感じたんです。

でも、神山町は田舎でありながら都会のような多様性が維持されていました。同じ町に色んな人がいていいんだっていう寛容さ、懐の深さがあって。

私たちのような営利を求める企業に対しても、「君たちは君たちの事業のことを考えればいいんだよ、地域のことをやってる人は山ほどいるんだから。事業を第一にやっていくことが、最終的には地域や人のためになるから。」と迎え入れてくれたんです。日本の田舎で、ここまで多様性のある場所はおそらく類を見ないんじゃないかな。きっとそれは、大南さんの活動の成果だと思うんですけどね。

── 神山町という立地もさることながら、古民家をリノベーションしてオフィスにするという、とても大胆な選択をされていますね。

ちょうどその頃、世間で古民家カフェが流行りはじめたというのもありますが、アレックス・カーという東洋文化研究者の考え方や活動に強く影響を受けまして。彼は日本の古民家再生の第一人者で、数々の古民家を甦らせているんです。

そこに息づく文化や伝統を守りながら、住み心地・快適さを両立させる。これは、オフィスでも実現できるはずだと思ったんですね。

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築90年の古民家を改装してつくられたサテライトオフィス「えんがわ」

その当時、ヨーロッパや北米にいる同業者のオフィスを何度か訪問する機会がありました。日本では スクラップアンドビルドの考え方が根強くありますが、向こうでは築100年以上あるような古いビルに入り、中をかっこよくリノベーションして使っている。これはいいな、と思いまして。

さっそく神山町で比較的状態の良い古民家を探して購入し、神山町で出会った地元の建築家に依頼して、全面的に改装工事を行いました。

東京は明るくてポップな内装の、いわゆる一般的なオフィス。神山町は逆に、重厚感のある木材を使用した古民家。対照的な造りにすることで、互いの存在をより際立たせています。

東京・恵比寿のオフィス 

東京・恵比寿のオフィス 

徳島・神山町のオフィス

徳島・神山町のオフィス

── コスト面についてはいかがですか?

まず地方という点で、東京と比べると圧倒的に家賃相場は安いですよね。私たちは建物自体を買い取っているので、賃貸とは単純に比較できませんが。物件のリノベーションについても、鉄筋コンクリート造とかと比較すると木造はリーズナブルなんですよ。耐震基準もクリアしやすい。藁葺き屋根にしたいっていう話もあったんですが、調べてみたら何千万とかかるからだめだなと(笑)。

あとは、当初条件にしていた「ベンチャー企業を誘致している自治体」か否か、という点です。神山町を選べば、資金援助や税金控除といったメリットが得られなくなってしまう。そこは正直、経営者として天秤にかけました。ただ、冷静に計算してみると、長期間で償却していけば意外と大きな金額差はないんですよ。であれば、より快適で継続的に事業運営できる環境を追求したい。そう思って、最終的に神山町に決めました。

仕事は東京にいる時と同じ。変わったのは自分の生活。

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古民家オフィスの向かいにある、蔵を改装したワークスペース

── 神山町にサテライトオフィスを開設して、会社ではどのような変化が起こりましたか?

日々の仕事については、びっくりするぐらい変わらないですね。共有サーバーを使って、東京と同じアプリでログインして。お客さまにも、郵送ではなくオンラインで納品します。備品はネットで注文すればすぐ届きますし。ネット回線は、なんなら東京よりこっちの方がちょっと早いぐらいです。

予想外だったのは、採用の応募が増えたことですね。当初はBCP対策や危機の分散、既存社員に向けた働き方の多様化、といったようなことしか考えていませんでしたから。これは近隣にサテライトオフィスを開設した企業も口をそろえて言うメリットです。

弊社では、東京と神山町どちらの勤務地にするか自由に選べるのですが、今神山町には23人の従業員が在籍しています。開設当初は正直、ここまで増えるとは思っていませんでしたね。

── 隅田さんご自身の生活はいかがですか?

それはもう、がらっと変わりましたよ。私はこれまでずっと都会暮らしだったんですが、今住んでいるところは全部で17世帯しかない小さな集落で、職業や年齢も関係なくみんなが互いに助け合って生きているんです。今までだったら絶対に出会うことがなかったような人たちに囲まれて、日々驚きや発見の連続ですね。

田舎暮らしは案外忙しいですよ。よせばいいのに色んなイベントやプロジェクトに関わっちゃったりするから、プライベートタイムが減るんです(笑)。でも、そうやって巻き込まれていくのが楽しくて。こんなにも新鮮で面白いことはないですね。

あと、個人的に大きいのは通勤の変化。景観がとにかく素晴らしくて、毎日会社に行くのが楽しくてしょうがない。四季の変化を、日単位で感じられるんです。目から入ってくる充実感って大きいな、と思いますね。満員電車で通勤する都会暮らしだったら、絶対に手に入らないものですから。

── 周囲の反響はいかがでしたか?

JCDデザインアワード銀賞などを受賞したり、数々のメディアにも取り上げていただきました。

おかげさまで、地元の小・中学校の社会科見学から、東京の企業や政治家の方の視察まで、非常に多くの方にお越しいただいています。建築関係の方も頻繁にいらっしゃいますね。

私自身も、「えんがわ」を通してサテライトオフィスの良さをより多くの企業・団体に広めるアクションができればと、定期的にセミナーを開いたりしています。

「東京」という見えないパワーは、幻想にすぎない

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── 「えんがわ」を開設されて早4年。今、改めて思うことはありますか?

場所によって仕事の生産性やレベルが変わるのではない、ということを実感していますね。人が動けば、仕事もそれに従って動きます。本社は東京で分室は地方、というのはただの固定観念。そういう風に働く人を配置しているから、おのずと拠点が持つ機能も決まってしまうだけなんですよ。

東京に付加価値があるとか、懸命に議論しているのは日本だけ。海外ではびっくりするくらいそんな話出てきません。私たちが思ってるほど、東京にご利益ってないんじゃないかと思うんです。

その証拠に、冷静に自分のスケジュールを振り返ってみて欲しい。仕事上、東京に居ないといけない理由ってそんなに多くないと思うんです。東京に居れば色んな人と出会える、刺激をもらえると言うけれど、日々そこまで大勢の人たちと接しているかっていうと、そんなことはない。むしろ、地方の方がコミュニケーションの幅は広いし、深度も増します。「東京」という目に見えないパワーにあやかりたい、その雰囲気のなかに身を置いていたい、というのは幻想に囚われているだけなんです。

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一方で、場所が関係無いならリモートワークでも良いのかというと、これはまた別の話で。

弊社では15年前から在宅ワークを導入しているのですが、長年続けてみて分かったことがあります。

まず、在宅だと明らかに生産性が落ちます。部門に関係なく、通常の3分の2ぐらいになってしまう。これはベンチャー企業にとっては決定的なデメリットですよね。

さらにもう1つ問題があって。なぜか続かないんです。自ら希望して始めたにも関わらず。

孤独でも大丈夫な人、セルフマネジメントが飛び抜けて得意な人であれば問題ないかもしれませんが、多くの人が途中で脱落してしまうんです。私なんか無理ですね、たぶん昼間から缶ビール開けちゃいます(笑)。

おそらく、家か家じゃないかということと、仲間がいるかいないかということは大事なポイントで。その点で言えば、サテライトオフィスはあくまでオフィスなので、生産性も落ちないし、途中で脱落してしまう人もいません。

働く場所は自分の意思で選べる。私たちが向かう未来の働き方とは。

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── これからの「働き方」はどのように変わっていくと思いますか?

職種によって異なるとは思いますが、今や働く人の多くはデスクワークだと思います。インフラが整備されてどこでも働けるような環境があれば、自由に仕事を持ち運ぶことができますよね。

場所という縛りがなくなって、まるで服や音楽を選ぶように、自らの意思で選択できるようになる。明治維新では「職業選択の自由」が登場しましたが、これはその次の“革命”かもしれません。

私たちは今まで、働く場所を選べるという可能性について考えること自体を放棄していた。やりたい仕事を選ぶ前に、働ける場所の範囲内で、という足枷を自らに付けていたんです。

もしも事務所が色んな場所にあって、自分の好きな場所で、好きな人たちに囲まれて生活できるとしたら。世界中あちこち見て回って、ここがいい!って決めることができるとしたら。私たちの働き方は、もっと多様な可能性を帯びてくるはずです。

とにかく大事なのは、場所自体ではなく、それを選べるということ。場所という制限から解放されれば、世の中に新しい価値観や働き方が生まれてくるはずですし、極端な話をすれば国民の8割ぐらいが旅人になれる。30年後にはそういう文化が当たり前になっているかもしれませんね。

── 誰もが好きな場所で働ける世界。想像しただけでも、夢が広がりますね。

SFみたいな話になりますけど、それぞれが自分の働く場所を持ち、まるで車で移動するかのように、集まっては分散して仕事をする。一緒にいる誰かがしょっちゅう変わるんです。で、オフィスはホームグラウンド。そんな未来が待っていたら面白いだろうな。

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── それでもオフィスはホームグラウンドとして存在し続けるんですね?

そう思います。どんなにバーチャルが発展しても、リアルには追いつけませんから。集まることや、フェイス・トゥ・フェイスで仕事をする意味というのは絶対に無くならない。誰かと同じ空間にいる、その居心地というのはとても大切ですからね。

── 場所という制約がなくなっていく流れは、今後もずっと続いていくのでしょうか。

そうですね。場所の自由度は、揺り戻しながらも上がっていくと思います。人もモノも情報も、ものすごい勢いで国境を越えていく。それが現代における経済の実態ですから。この流れは向こう100年止まらないでしょうね。

もう一方で言えるのは、人間の、場所に対する保守性は非常に強いということです。これは東京か地方かということとは関係なく、長年住んでしまうとそこから離れられなくなってしまうんです。思い切って出てみればなんてことはないんですが、最初の一歩が難しい。

どんなにITが発展しても人間の本質は変わりませんから、そこは私たち個人の選択次第です。居続けるのも自由、移るのも自由。だから、全員が居場所を変えるかというとそうではなくて、きっと二極化していくんじゃないかなと思います。

── それでは最後に、働き方改革の一環としてサテライトオフィスを検討する企業にメッセージをお願いします。

人はどうしても、一緒に仕事するメンバーを近くに置こうとしがち。社長は専務を、専務は常務を、という風に連鎖していくんです。上が下を縛っていては、働く場所はいつまで経っても自由になっていきませんから、その幼さから脱却しなくてはいけません。近くにいなくてもしっかりとマネジメントできることが大事です。企業としては、組織図と居場所が一致していなくても全く支障はありませんから。

地方のサテライトオフィスは、東京に構えるよりもずっとコストを抑えられますし、採用面でのメリットも多い。リスクはほぼ無いに等しいです。あらゆる産業、あらゆる業種で実現できると思いますので、ぜひ沢山の企業にチャレンジして欲しいですね。

── 貴重なお話、ありがとうございました!

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取材を終えて

編集担当:梁原

編集担当:梁原

サテライトオフィスが集まる町として、神山町には以前から強い関心を持っていました。「企業がこぞってオフィスを構えるのはなぜだろう」「神山町で暮らす人の生活はどんなだろう」と。実際に神山町を訪れ、豊かな自然に囲まれて時間を過ごすにつれ、その魅力を強く感じるようになりました。いつか、都会で働くことが当然ではない時代がくるかもしれない。「会社の近くに住む」という選択をしてきた自分は、働く場所が自由になったその先に、どんな暮らしを望むだろうか。そんな想像のきっかけをいただいた取材でした。東京も、神山町も、広がる未来が楽しみです。

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